「三丁目の夕日」をはじめ、昭和を舞台にした作品が人気を集める世の中。令和に年号が改まった現代を遡ること数十年前、第二次世界大戦間もない日本には人情が生きていました
本作は激動の戦後、東京の下町で貧しくとも仲睦まじく暮らす姉妹に焦点を当てています。
姉の鈴音は物や他人に触れることで過去や未来を見通す不思議な力を持っており、それ故病弱。妹の和歌子は対照的に男勝りなおてんば娘で、曲がった事が大嫌いな性格。
今回はそんな正反対の姉妹が活躍する切ないミステリー
「わくらば日記」をご紹介します。
「わくらば日記」あらすじ
第二次世界大戦から間もない昭和30年代の日本、東京の下町。
小学生の和歌子には洋裁が得意な働き者の母と、美しく優しい自慢の姉・鈴音がいました。
鈴音は高校に行かず母の仕事を手伝っているもののとても病弱で、しょっちゅう寝込んでいます。
実は鈴音には大きな秘密がありました。それは物や他人に触れることで過去と未来を見通す力です。
鈴音はこの力を妹以外に隠してきましたが、ひょんなことから刑事の神楽に知る所となり、一家全員が殺害された強盗事件の犯人捜しへの協力を要請されました。
心優しい鈴音は幼い子どもが犠牲になった事件に心を痛め、サイコメトリー能力を用いた捜査を決意。彼女が透視したのはあまりに恐ろしい光景でした。
姉さまが亡くなって、もう30年以上が過ぎました。お転婆な子供だった私は、お化け煙突の見える下町で、母さま、姉さまと3人でつましく暮らしていました。姉さまは病弱でしたが、本当に美しい人でした。そして、不思議な能力をもっていました。人や物がもつ「記憶」を読み取ることができたのです。その力は、難しい事件を解決したこともありましたが……。今は遠い昭和30年代を舞台に、人の優しさが胸を打つシリーズ第1作。
(「BOOK」データベースより)
著者 朱川 湊人 出版社 KADOKAWA 発売日 2009年2月25日
「わくらば日記」ネタバレ感想
本作は朱川湊人の代表作といえる連作ミステリー。続編「わくらば追慕抄」も刊行されている人気シリーズです。
時代背景は昭和30年代の東京、「三丁目の夕日」とほぼ同年代。なので抱っこちゃんや美空ひばりなど、当時流行した風俗がたくさん出てきます。
同時に戦後を騒がせた事件や社会問題にも言及され、「こんな事があったのか」と目を開かされました。
「わくらば日記」を語る上で外せないのは登場人物の魅力。姉さま大好きで負けず嫌いな和歌子が可愛いのはもちろんの事、なんといっても鈴音が素敵です。
見た目は儚げな美少女ながら芯が強く、被害者の無念を晴らす為、危険を顧みず力を行使する姿が胸を打ちました。
そんな鈴音が死ぬまで最大の理解者であり続けた和歌子、二人の絆が尊いです。
タイトルの「わくらば」は病んだ葉のこと。これは鈴音の寿命を隠喩しており、物語が始まった時点で既に姉は亡くなっています。
本作の語り手は晩年の和歌子で、彼女が過去を回想して綴るのが「わくらば日記」なのです。
優しくノスタルジックな空気感に浸りたいならぜひ読んでください。
「わくらば日記」見どころ
私は本作を読み、初めて青函連絡船の海難事故や恋文横丁の存在を知りました。
他にも在日朝鮮人への差別や原爆症など、日本の戦後史を語る上で避けて通れない問題が取り上げられています。
シリアスなテーマを扱っていても後味が悪くならないのは、登場人物の優しさに救われているからではないでしょうか。
読んでる間中鈴音と和歌子の姉妹愛や、下町の温かい人情にボロボロ泣いてしまいました。
冷徹そうに見えてその実人一倍情に厚い神楽刑事や、のちに鈴音たちの家に住み込みで働くことになる茜ちゃんなど、姉妹を取り巻く人々の壮絶な人生模様も涙を誘います。
個人的にはNHK朝の連続テレビ小説で映像化してほしい原作ナンバー1です。
ミステリーと銘打たれていますが人が死なない日常の謎寄りのエピソードが多いので、ショッキングな表現が苦手でも安心して読めるのが嬉しいですね。
文庫版の装丁を手がけているのは「おやすみプンプン」「ソラニン」などが有名な漫画家の浅野いにお氏。表紙に描かれたレトログッズが郷愁をかきたてます。
昭和に帰りたい人はぜひページを開いてみてください。鈴音と和歌子が笑顔で出迎えてくれます。