2022年本屋大賞ノミネート、第165回直木賞候補作、第9回静岡書店大賞受賞など、今もっとも話題に上がる小説の一つともいえる、一穂ミチ著
「スモールワールズ」
6編の短編小説が納められ、どれも「家族」を主題に、迷いながら生きる人々の喜怒哀楽を痛いほど緻密に描いた同作をご紹介します
「スモールワールズ」あらすじ
6編の短編からなる同作。
「ネオンテトラ」では不妊に悩む女性が、育児放棄を受ける男子中学生に愛や恋に近い感情を抱くことから始まる切ない物語。
「魔王の帰還」はタイトルそのままに外見も性格も「魔王」そっくりの姉が離婚を機に実家に「帰還」するお話。主人公である見た目はいかついが若干内気な少年は、姉が離婚する悲しいきっかけに気付いてしまいます。
「ピクニック」は祖母が子守をしていた最中に、幼い孫が急死するところから始まります。警察には祖母が疑われ、娘は必死にかばうもののぞっとするような「真実」が最後に分かります。
「花うた」は兄を死なせた犯人と文通する話。手紙の中で繕うことなく言葉を交わすことで、2人の関係が少しずつ変化ーー。
「愛を適量」ではバツイチの教師である主人公のもとに、男になった「娘」が現れ、親子関係が時を経て見直されていくストーリー。
「式日」は後輩の父親の葬式についていく先輩が主人公。これまでの話に張り巡らされた伏線がここで回収されます。
夫婦円満を装う主婦と、家庭に恵まれない少年。「秘密」を抱えて出戻ってきた姉とふたたび暮らす高校生の弟。初孫の誕生に喜ぶ祖母と娘家族。人知れず手紙を交わしつづける男と女。向き合うことができなかった父と子。大切なことを言えないまま別れてしまった先輩と後輩。誰かの悲しみに寄り添いながら、愛おしい喜怒哀楽を描き尽くす連作集。
出典:Amazon
著者 一穂ミチ 出版社 講談社 発売日 2021年4月22日
「スモールワールズ」ネタバレ感想
どのストーリーの設定も秀逸で、短編集ながらどれもきれいにまとまっていて、心を揺り動かされます。
各物語の主人公らも老若男女で、どのような立場の人が呼んでもきっと心に刺さる一遍があるでしょう。
普通に生活しているように見える人たちの抱える苦悩や痛みを、それこそ小さな窓から眺めているような気になります。
6編ともまるで「すべて違う作者が書いたのか?」と思わされるほど、巧みに雰囲気を変えているため飽きずに一気に最後まで読んでしまいました。
特に印象的なのは全文手紙形式でつづられる「花うた」です。
手紙という形式を取ることで、兄を殺された被害者女性と、偶発的な事故で殺してしまい刑務所に収監されている加害者男性の心の移り変わりがとても伝わってきます。
最初は兄を殺した犯人に憎しみをぶつけるばかりだった被害者女性が、漢字の読み書きが苦手な加害者男性が必死で反省の言葉をつづるのに気持ちが緩やかに変わり、許しへと感情が向かっていくのに「救い」を感じました。
全体的に悲しい空気がベースに流れますが、完全に救いや希望がないわけではなく、この痛みを抱えながらも日常は続いていくのだろうと思わされます。
読者は一穂ミチがひっそりと潜ませた「伏線」が後半で回収されたのに気付くと、胸が締め付けられるでしょう。
「スモールワールズ」の見所
収録されている6編とも全て読み手をいい意味で裏切る作品ばかりです。
それぞれの話の中でも驚くような展開があるのですが、一冊まるまる通して見ても新鮮な驚きが細工されています。
その中のひとつ、「魔王の帰還」は講談社の青年漫画誌「アフタヌーン」でコミカライズが決定するなど、新たな楽しみ方も広がっていきそうです。
全国の書店員が選ぶ「本屋大賞」にノミネートされたことから、今後より多くの人の手に渡っていくと思われます。
一穂ミチが無名の人たちに光をあてた同作は、「家族」とは何か、ひいては「人と人との関係とはなにか、どうあるべきか」を考えさせられます。
思いやる人、拒否する人、理解したいと思う人……、必ずいずれかの主人公に感情移入ができるでしょう。
人はそれぞれ「後悔」を抱えているものですが、読了後はその後悔を分かち合い軽減してくれるような心地になります。
人生が時にやるせなくて、不自由だからこそ日々をもがきながら生きる登場人物から、柔らかな勇気をもらえる一冊です。