あなたには推しが存在しますか?
芸能人、あるいは二次元のキャラクターに惚れこんで熱心にファン活動することを世間では推し活と称します。推し活が生き甲斐と断言する人もけっして少なくはありません
推しがいると生活に張り合いがでて、日常が輝きだすのは否定しません。
しかし推しが不祥事を起こしてしまったら、今までどおり全力で推し続けることができるでしょうか?
宇佐見りんの「推し、燃ゆ」はそんな推しの炎上を扱った小説です。
「推し、燃ゆ」あらすじ
山下あかりは母・姉と暮らす18歳の女子高生。彼女には推しがいました。
彼の名前は上野真幸、アイドルグループ「まざま座」のメンバー。
あかりは高1の頃から推し活にどっぷりのめりこみ、現在では上野真幸のいない人生なんて考えられないほど熱を上げています。
ある日の登校中、電車でSNSをチェックしていると衝撃的なニュースが飛び込んできました。
あかりの推しがファンを殴ったというのです。本当だとしたら大変な不祥事でした。
動揺を隠せず登校したあかりはプールの授業も上の空です。
その後夏休みに突入し、あかりは推しのグッズを買い集めるために居酒屋で働きだすものの、生来の不器用さと人付き合いの下手さが理由にあっさりクビになってしまいました。
さらには上野真幸が属する「まざま座」が解散し、あかりはショックでうちのめされます。
推しが炎上した。ままならない人生を引きずり、祈るように推しを推す。そんなある日、推しがファンを殴った。
(「BOOK」データベースより)
著者 宇佐美りん 出版社 河出書房新社 発売日 2020年9月10日
「推し、燃ゆ」ネタバレ感想
宇佐美りん「推し、燃ゆ」は純文学とされていますが、文章はまるで堅苦しくなくすらすら読めます。
現代を生きる女子高生の一人称で綴られる物語は時にリアル、時に言葉が刺さり、気付けばのめりこんでしまいました。
本作のテーマは推しの炎上。
SNS全盛の世の中、誰しも炎上のリスクとは無縁ではありません。顔を出していなくてもいなくても、一旦噂が出回ってしまえばあとは流れに身を委ねるしかないのです。
あかりは真偽不明な噂に対しどうすることもできないまま、ルーティンワークのように推し活を続けることで辛うじて平常心を保っていました。
それはお世辞にも健康な状態とはいえず、遂には母親に見放され、自身も高校生活を続けられなくなります。
あかりにとって推しは背骨にも等しい存在でした。推しを推している時だけ生きている実感を得られ、普通以下のなりそこないの自分が、普通の人間になれたような錯覚に浸れたのです。
作中ではっきり描写されてませんが、あかりは発達障害の可能性が高く、それ故の息苦しさやもどかしさが伝わってきました。
推しがいる人もいない人も、あかりが慢性的に感じている鬱屈や閉塞感、普通の人なら普通にこなせるはずの日常の生き辛さには共感できるのではないでしょうか。
「推し、燃ゆ」見どころ
純文学なんてなんだか難しいと敬遠している人も、本作は肩肘張らず読めるのでご安心ください。
結局推しが炎上した所であかりの生活は変わりませんでした。
彼女がダメになったのはどこまでいっても彼女自身の行いの結果であり、推しの事情には最初から最後まで関わらせてもらえません。
本作は安易なハッピーエンドに着地せず、とことん救いのない現実を突き付けて幕を閉じます。
ラスト、推しを失ってしまったあかりは泣きながらあることをするシーンは胸が痛くてたまらなくなりました。
全てを注ぎこんで推しを推し続けたあかり。その行為は不毛ですが、無駄とは言いたくありません。
最後の最後に漸く現実と向き合えたあかりなら、背骨がへし折れてもまた立ち直ることができると信じたいです。
「推し」の二文字に詰まった尊さと愚かさを知りたいなら、ぜひこの小説を読んでください。
あかりみたいに情熱を燃やせるなら、推し活も悪くないと思えるかもしれません。