オアシスを中心に栄える白亜の都、その外に広がる灼熱の砂漠とめくるめく蜃気楼……剣と魔法の冒険が繰り広げられるアラビアンナイトの世界は、私たちの心を掴んで離しません
今回ご紹介するのは古川日出男「アラビアの夜の種族」。
驚天動地の歴史大作にして奇想天外な娯楽活劇です。
「アラビアの夜の種族」あらすじ
舞台は聖遷暦1213年のエジプト、カイロ。
当時この地を支配していた富裕な知事たちは、大勢の奴隷を召し抱えていました。
美貌の青年・アイユーブは読書家で知られるイスマーイール知事の腹心。品行方正頭脳明晰ときて、主人から絶大な信頼を勝ち得ています。
ある時カイロに思いがけない一報が舞い込みました。フランスの若き将軍・ナポレオンが攻め入ったというのです。
他の知事がフランス艦隊の実力を侮る中、唯一ナポレオンの戦略を危惧したイスマーイールはアイユーブに相談。
するとアイユーブは世界に一冊しかない災いの書をナポレオンに献上しようと提案し……。
聖遷暦1213年。偽りの平穏に満ちたエジプト。迫り来るナポレオン艦隊、侵掠の凶兆に、迎え撃つ支配階級奴隷アイユーブの秘策はただひとつ、極上の献上品。それは読む者を破滅に導き、歴史を覆す書物、『災厄の書』―。アイユーブの術計は周到に準備される。権力者を眩惑し滅ぼす奔放な空想。物語は夜、密かにカイロの片隅で譚り書き綴られる。「妖術師アーダムはほんとうに醜い男でございました…」。驚異の物語、第一部。
(「BOOK」データベースより)
著者 古川日出男 出版社 角川書店 発売日 2006年7月25日
「アラビアの夜の種族」ネタバレ感想
古川日出男は2022年のアニメ「平家物語」、同じく劇場版アニメ「犬王」の原作を手がけた小説家。
純文学とエンターテイメントを融合させた作風が高く評価されています。
本作「アラビアの夜の種族」は古川日出男の初期の代表作で、伝説のRPG「ウィザードリィ」を下敷きにした冒険活劇。
作中小説におけるアーダムたちの活躍と現実のアイユーブたちの動きが並行して語られる、入れ子構造になっています。
現実の時間軸におけるカイロは、ナポレオン率いるフランス艦隊の脅威にさらされていました。
アイユーブはナポレオンを退ける為一計を案じ、読んだものを狂わせる偽書の制作にとりかかります。
自らの手で災いの書を作り上げる導入からワクワクドキドキするのですが、それに続く大魔術師アーダムの一代記がまた面白くて興奮しました。
世にも醜い容貌に生まれ付いたが故誰からも愛されず、その復讐を誓って凄まじい権謀術数を巡らし、成り上がっていくアーダムの姿はピカレスクロマンの真骨頂。
そしてアーダムが地下深く封じられた数千年後、彼の後裔たる魔術師ファラーと剣士サフィアーンが誕生します。
ファラーは絶世の美貌を持った異端のアルビノ、サフィアーンは滅んだ王家の落とし子。
三者三様の数奇な宿命が絡み合い、それぞれ影響し合って怒涛のクライマックスになだれこむラストは滾りました。
「アラビアの夜の種族」見どころ
少々文体に癖がある為慣れるまで苦労するかもしれませんが、一度どっぷりハマってしまえば最高にエキサイティングな読書体験ができるはず。
アラビアンナイトを語るならこれ位格調高い文体じゃないと、世界観が負けてしまいます。
怪物が跳梁跋扈する地下世界の冒険を存分に楽しんだ後は、アイユーブの切なすぎる運命にただただ涙。
彼がラストにとった行動と叫んだセリフは、フィクションの枠を飛び越えて心に焼き付きました。
アーダムが生涯かけて掘り進めた阿房宮のカオスさ、冒険者たちが住み着く街の様子も生き生きと活写され、来るもの拒まず広がり続ける地下世界の日常と血沸き肉躍る剣と魔法のバトル両方を堪能できます。
話が進むうちに虚構が現実を浸蝕し、だんだんと虚実の境が曖昧になっていくのもポイント。
遂にはイスマーイールまでも阿房宮の狂気に取り込まれ、腹心が作った本で身を滅ぼすことになりました。
やがてカイロは戦火に飲まれ、主人を失い孤独に放浪するアイユーブは、己が何者かを知らされます。
「アラビアの夜の種族」は人の想像力が結実した小説であり、書物が秘めた無限の可能性を示してくれました。
日本で生まれたのが奇跡と思えるアラビアンファンタジーの金字塔なので、未読の方はぜひ手に取ってください。