おとぎ話が必要なのは子供だけとは限りません。あるいは現実社会に傷付き疲れはてた大人こそ、癒しの物語を求めているかもしれないのです
もし生きるのが辛くなったらいしいしんじの本を紐解いてみてはいかがでしょうか?
優しさと残酷さを孕んで虚実が溶け合ったファンタジックな世界観は、必ずあなたを癒してくれるはずです。
今回は「ポーの話」をご紹介します。
「ポーの話」あらすじ
物語と舞台となるのは大小無数の橋が架かる町。
その町にはゆったりと広く流れる泥の河があり、うなぎ女と呼ばれる女たちがうなぎを穫って生活していました。
町の紳士淑女から、うなぎ女たちは変わり者と見なされています。
ある日うなぎ女たちの一人が子どもを産みました。
その男の子はポーと名付けられ、うなぎ女たちの大らかな愛情に包まれ健やかに育っていきます。
成長したポーは大泥棒メリーゴーランドと出会い、彼に誘われて夜な夜な盗みを働くように。
ある年の夏、500年ぶりの大雨が町を襲って大河が氾濫しました。
川の激流にさらわれたポーは知らない土地へと流れ着き、様々な冒険を繰り広げます。
あまたの橋が架かる町。眠るように流れる泥の川。太古から岸辺に住みつく「うなぎ女」たちを母として、ポーは生まれた。やがて稀代の盗人「メリーゴーランド」と知りあい、夜な夜な悪事を働くようになる。だがある夏、500年ぶりの土砂降りが町を襲い、敵意に荒んだ遠い下流へとポーを押し流す…。いしいしんじが到達した深く遥かな物語世界。驚愕と感動に胸をゆすぶられる最高傑作。
(「BOOK」データベースより)
著者 いしいしんじ 出版社 新潮社 発売日 2008年9月30日
「ポーの話」ネタバレ感想
本作は大人のおとぎ話ともいえる幻想的なファンタジーです。
どことも知れない外国の町、謎多きうなぎ女たち、彼女たち全員の息子として育てられた少年ポー……。
固有名詞は殆ど登場せず、ポーが生まれてから死ぬまで起きた出来事が透徹した神の視点で綴られていきます。
ひらがなを多用した優しい文体は、夢でも見ているようにふわふわした浮遊感を与えてくれました。
しかし本作はけっしてご都合主義なハッピーエンドを迎えません。長い旅の中でポーは多くの人々と出会って別れ、胸が痛む悲劇の数々を経験し、生きることの奥深さを学んでいきます。
「ポーの話」はいしいしんじの秀逸なバランス感覚によって支えられており、荒唐無稽な夢物語に現実にも起こり得るエピソードを盛り込む事でリアリティを持たせていました。
ポーが生まれた町にも厳然たる貧富の差が存在し、無理解と無知に起因する差別が起きています。
読んでる間印象に残ったのは遥かなる海へと注ぐ河の描写です。母性の象徴たるうなぎ女たちとポーの交流には、深い絆を感じて心が温まりました。
さらに忘れてはならないのが魅力的な脇役たち!特にメリーゴーランドの伊達男ぶりにまいりました。終盤、監獄の窓から空の虹を見上げるシーンは涙を誘います。
「ポーの話」見どころ
著者のいしいしんじは他にも無国籍的な世界観のファンタジーをたくさん書いているので、本作が気に入ったらぜひ他の本にも手を伸ばしてください。
個人的には「プラネタリウムのふたご」「トリツカレ男」「麦ふみクーツェ」がおすすめです。
「ポーの話」の主人公はポーですが、主役は川。
町を貫き流れる泥川が生命の運び手となり、ポーの運命を変えていくのです。
作中、ポーは生き別れ死に別れ双方の別れをたくさん体験しました。その別れは決して無駄にならず、奥底に降り積もって層を成します。
川と一体化して流れてゆくポーと、彼の内側に吸収された様々な人や出来事の記憶を見ているうちに涙が止まらなくなりました。
どんなに辛い時でも迎えてくれる人がいる、帰れる場所がある。ポーにとってそれは川であり海でした。
故郷を遠く離れてしまったポーを待ち受ける最期と、彼の幸せを祈り続けたうなぎ女たちの対比がラストに素晴らしい余韻をもたらします。
私たちの人生も川と同じ。時によどんで濁ることもありますが、止まらず流れ続ければ新しい場所に辿り着けます。最後に海が迎えてくれると思えば寂しくありません。
最近感受性が鈍ったとお嘆きの方は、「ポーの話」で哲学の深みに触れてみてはいかがでしょうか。
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